交野市の情報
市章

交野市の「交」の字を図案化したもので、
交野のサクラと平和の象徴である鳩を形どっています。
    市の木と花     市の木「さくら」(昭和47年2月25日制定)      交野は古くからサクラの名所で、「太平記」に「落花の雪に      ふみ迷ふ、片野の春の桜がり・・・」からサクラを選びました。     市の花「つつじ」(昭和47年2月25日制定)      交野市域に自生するミツバツツジ(おそめつつじ)、モチツツジ      の保護、増殖を図る目的で選びました。     市の鳥「きじ」(昭和61年11月3日制定)      本市の大切な自然を守るとともに、野鳥の保護増殖を図ることを      目的に、かたのの古歌に詠まれる等古くから交野にゆかりの深い      鳥「きじ」を選びました。  ●地勢  本市は、大阪府の東北部(北緯34°47'、東経135°41')にあり、大阪と  京都のほぼ中間に位置しています。東は生駒山系を境にして奈良県生駒市  と接し、西は寝屋川市、南は四條畷市、北は枚方市に接しています。   市内は、約半分が山地で占められ、その中に金剛生駒国定公園、府民の  森などがあり、その豊かな緑は市民ばかりでなく、大阪府民の憩いの場に  なっています。    地勢−−−東西4.5km 南北6.5km   面積22.55ku 周囲27km         海抜最高345m   海抜最低15m   ●市制施行  昭和46年11月3日  人口3万6952人で、府内31番目の市として発足しました。 ●市勢(1996年(平成8年)10月31日現在)  人口 7万5、541人[男3万7、340人  女3万8、201人]  世帯 2万5、271世帯 ●友好都市・姉妹都市  国内友好都市 五色町(兵庫県)         山田村(富山県)  海外姉妹都市 コリングウッド市(カナダ) 昭和61年提携 ●文化教育施設  教育文化会館,青年の家(体育文化センター),星田西体育施設,  いわふね自然の森スポーツ・文化センター(星の里いわふね),武道館,  文化財事業団,第1児童センター,出屋敷ふれあい館,藤が尾ふれあい館,  東幾野ふれあい館,梅ヶ枝ふれあい館,松塚ふれあい館,倉治ふれあい館,  私部ふれあい館,星田ふれあい館,私市ふれあい館,野外活動センター,  交野いきものふれあいセンター  図書館   青年の家図書室(体育文化センター),教育文化会館図書室,   星田市民センター図書室(星田コミュニティーセンター),   幾野図書室(第1児童センター),自動車文庫ブンブン号     ●社会福祉施設  保健福祉総合センター(ゆうゆうセンター),こどもゆうゆうセンター,  シルバー人材センター,やわらぎ授産所,  重度障害者多数雇用事業所(交野松下福祉工場) ●診療・救急  健康増進センター(健康増進課・休日診療),北河内夜間救急センター,  土曜休日夜間急病センター(交野病院内),四條畷保健所 ●会館  星田会館,私部会館,交野会館,倉治公民館,郡津公民館,私市会館,  井手之会館,森区民ホール ●沿革   交野市に人が住み始めたのは、今からおよそ1万2,000年前といわれ、  古い歴史を伝える遺跡に縄文時代の神宮寺遺跡、弥生時代の南山遺跡、星田  坊領遺跡などがあります。   古墳時代の前期(290年〜450年)ごろ、肩野物部(かたのもののべ)  氏の祖先伊香色雄命(いかしこおのみこと)が、天野川流域に住みついて農  耕文化を広めたほか、部民を使役して古墳を築きました。一方、交野忌寸  (かたのいみき)の祖漢人庄員は一族をひきいて帰化し、倉治地域から寺地  域の山麓の地において、機織りの技術をおこしました。   奈良時代の条里制は今もその姿を残しています。平安時代には天皇や皇族、  宮廷の人たちが交野が原を訪れ遊猟を楽しんだことが「続日本紀」や「日本  後紀」に記録されています。   室町時代に入ると応仁の乱が起こり、それ以降交野も戦乱の渦中に巻き込  まれました。江戸時代に入ると、交野は幕府直轄の代官と譜代諸侯の支配を  受け、以後300年間農民は米麦や河内木綿の手工業などで生活を営んでき  ました。   明治維新以後河内県、堺県と管轄が変わり、明治14年に大阪府管下とな  り、明治22年市町村制が交付されて交野村(私部、倉治、郡津)、磐船村  (森、寺、私市、傍示)、星田村ができました。   昭和14年交野村と磐船村が合併して交野町となり、昭和30年町村合併  促進法の施行で交野町と星田村が合併し、新しい交野町になりました。人口  わずか1万人で素朴な農山村の面影を残していましたが、昭和45年10月  1日には3万3,701人(国勢調査)を数え、都市的施設の充実に努める  ため昭和46年11月3日市制を施行しました。以来20数年、交野は緑豊  かな田園都市として7万4千余人の人口をかかえるまちになりました。平成  5年11月3日には、市民が健康で豊かな生活を実現できるように「健康福  祉都市かたの」を宣言しました。