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正平3年1月5日 楠木正行公が、四条畷で敵 高師直 の大軍と戦い、討死された時、 共に戦った和田賢秀のお墓です。 賢秀は源秀ともいわれ、正行公とは 従兄の関係です。 歴戦の勇将で新発意(しんぽち) とも呼ばれました。 伝説によると、賢秀公討死にの際 敵の首に噛みつき、睨んで離さず、 敵はそれがもとで死んだそうです。 以来、賢秀公の霊は、歯神様と 親しまれているそうです。 |
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延喜式内古社で、古来 牛頭天王社と いっていました。 三好長慶が飯盛に居住した頃には、 飯盛城鎮護の神として崇敬されていました。 飯盛山の北登山口となっています。 |
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自然に囲まれた、とても静かで 趣きのある参道です。 階段と坂道の二通りあります。 |
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− 龍尾寺で 雨乞いをする 里の人 −
天平の頃、旱魃(かんばつ・日照り)に 苦しんでいた人々が、雨乞いをしたら それが、大雨となってしまいました。 その時、龍が自分の身をさいて里人を 救ったそうです。 3分された尾の部分の霊を弔っています。 郷土史カルタより |
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三机神社前の道の向かい側に、山に向かう 細い石段があります。そこに、ぼんやりしてると 見過ごしてしまいそうな小さな看板が 立っています。 その石段を(かなり細くて急な石段) 5分ほど かけて登ると、龍尾寺があります。 本堂は最近 改築されたのか、とても きれいでした。 本堂の横にある鐘です。 無駄打ちしないように・・と書いてある 紙が貼っていましたので、1回だけ 打ってみたら、静かな空間に低い鐘の音が 響きわたって、とても気持ちが落ち着ける 場所でした。 |
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